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鹿児島地方裁判所 昭和35年(ワ)32号 判決 1963年10月10日

原告 糸嶺篤正

被告 久保祐吉

主文

被告は原告に対し別紙目録<省略>記載の土地についてした鹿児島地方法務局昭和三四年九月一二日受付第一五、八二八号による賃借権移転登記の抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、

「一、別紙目録記載の土地四筆(以下本件土地という。)は、もと訴外岩元肇の所有であつたが、同訴外人と訴外株式会社肥後相互銀行との間において本件土地につき根抵当権設定契約が締結され、昭和三一年一二月一一日その設定登記がなされた。

二、右訴外銀行は、昭和三四年五月二〇日鹿児島地方裁判所に対し右根抵当権に基づき本件土地について競売の申立をなし、同庁同年(ケ)第七八号事件として競売手続が開始された。原告は、同年八月一〇日右競売期日において本件土地を競落し、同月一四日競落許可決定をえたうえ同年九月四日競落代金を完納してその所有権を取得し、同月一一日所有権移転嘱託登記がなされた。

三、本件土地については、前記根抵当権設定登記後に、訴外岩元肇と訴外田原勉との間において存続期間を昭和三二年九月一〇日から五年とする賃貸借契約が締結され、同月一三日その賃借権設定登記がなされていたが、更に、昭和三四年七月二〇日訴外田原勉と被告との間において右賃借権の譲渡契約が締結され、同年九月一二日鹿児島地方法務局受付第一五、八二八号により賃借権移転登記がなされている。

四、(一) しかしながら右訴外田原勉と被告間の賃借権譲渡契約は、譲渡当時すでに訴外岩元肇と訴外田原勉との間の賃貸借契約が同設定登記後二箇月を経過した頃合意解約されていたのであるから、無効であるといわなければならない。

(二) 仮に右主張が認められないとしても、右賃借権譲渡契約は、訴外田原勉において遅くとも原告が本件土地を競落するまでに当該賃借権を放棄していたものであるから、無効である。すなわち、同訴外人は本件土地を借用してハム製造を始めたのであるが、経営不振のため約二箇月にしてこれを取り止め、右借用物件を訴外岩元肇に返還して立ち去り、二年間にわたり放置していたのであるから、当該賃借権を放棄していたものと認めるべきであり、従つて右譲渡契約は無効であるといわなければならない。

(三) 仮に右主張が認められないとしても、右賃借権譲渡契約は、虚偽表示によるものであるから無効である。すなわち、同譲渡契約は、被告が訴外田原勉と通謀のうえ本件賃借権設定ないし移転登記を抹消する代償として原告より金員を獲得するため訴外田原勉より被告が本件賃借権を譲り受けたかのように仮装して締結されたものであるから、無効であるといわなければならない。

(四) 仮に右主張が認められないとしても、右賃借権譲渡契約は、信託法第一一条に違反するから無効である。すなわち、右譲渡契約は、本件賃借権設定ないし移転登記を抹消する代償として原告より金員を獲得するため、被告において示談その他終局的には訴訟行為をなさしめることを目的として締結されたものであるから無効であるといわなければならない。

(五) 仮に右主張が認められないとしても、被告は、他人の権利を譲り受けて訴訟、和解その他の手段によつて、その権利の実行をすることを業とするものであつて、本件賃借権の譲受け及び原告に対する示談等の実行を右業としてなしたものであるから、弁護士法第七三条に違反し、従つて右賃借権譲渡契約は無効であるといわなければならない。

五、よつて訴外田原勉と被告との間の賃借権譲渡契約は無効であるから、被告に対し鹿児島地方法務局昭和三四年九月一二日受付第一五八二八号によりなした賃借権移転登記の抹消登記手続を求める。」

と述べ、

被告支配人の訴訟代理権につき

「被告が早出勝人を被告の支配人として選任した行為は、被告が商人でなく、かつ、もつぱら訴訟行為をなさしめるためになされたものであるから民事訴訟法第七九条の規定を潜脱するものとして無効であり、右支配人は本件訴訟を追行する権限を有しない。」

と述べた。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、

答弁として

「一、請求の原因第一項ないし第三項の事実は認める。

二、同第四項の事実は否認する。なお被告は、養豚事業を行うため本件土地の賃借権を譲り受けたものである。

前記鹿児島地方裁判所昭和三四年(ケ)第七八号不動産競売事件の競売手続は、昭和三五年八月二日付の仮処分で停止されているので、原告の本件土地所有権の取得は未確定的であり、またその引渡も受けていないから、原告は、所有権に基づいて本件請求をすることができない。」

と述べた。

証拠<省略>

理由

一、まず被告支配人に訴訟代理権がない旨の原告主張について判断するに、被告提出の訴訟代理権を証明する書面である登記官吏作成の登記簿抄本並びに成立に争のない甲第六一号証によると、被告が早出勝人を支配人に選任して、これを登記したことが認められ、右事実によれば右支配人早出勝人が訴訟代理権を有することは明らかであり、甲第五八、五九号証、第六〇号証の一ないし五、第六二、六六、六七号証によつても右認定を覆すに足りない。

二、次に、本案について判断する。原告が原告主張のような根抵当権に基づく競売手続において本件土地を競落し、昭和三四年八月一四日競落許可決定をえたうえ同年九月四日競落代金を完納して所有権を取得し、同月一一日本件土地につき所有権移転嘱託登記がなされたこと、並びに本件土地について原告主張のような賃貸借契約が締結され、その賃借権設定登記がなされたこと、及び原告主張のような賃借権譲渡契約が締結され、その移転登記がなされていることは、当事者間に争がない。

なお、被告は右競売手続が昭和三五年八月二日付の仮処分で停止されており、しかも原告はまだ本件土地の引渡を受けていないので原告の請求は失当である旨主張するが、しかしながら叙上の事実で明らかなように、右停止以前に本件土地に対する競落許可決定は確定し、競落代金は完納され、所有権移転嘱託登記もなされているのであるから、右効果は右仮処分によつて影響を受けるものではなく、また引渡の点もなんら理由とならないので、被告の主張は失当である。

三、そこで、本件賃借権譲渡契約は賃貸人と賃借人(譲渡人)間の賃貸借契約が合意解約された後に締結されたものであるから無効である旨の原告主張について判断するに、成立に争のない甲第七〇号証及び証人川崎茂夫の証言(第一、二回)によつても右事実を認めるに足らず、他にこれを認むべき証拠はない。

また、原告は訴外田原勉(賃借人)が本件賃借権を放棄していたのであるから本件賃借権譲渡契約は無効であると主張するが、右事実を認めるに足る証拠はない。

また、原告は本件賃借権譲渡契約は仮装譲渡であるから無効であると主張するが、右事実を認めるに足る証拠はない。

また、原告は本件賃借権譲渡契約は信託法第一一条に違反するから無効であると主張するが、訴訟行為を為さしめることを目的として右契約がなされたと認めるに足る証拠はない。

四、最後に本件賃借権譲渡契約は弁護士法第七三条に違反するから無効である旨の原告主張について判断する。

(一)  成立に争のない甲第一ないし六号証(後記(イ)の事実につき)、同第七、八号証(後記(ロ)の事実につき)、同第九ないし一一号証、同第一二号証の一ないし四、同第一三ないし一六号証(後記(ハ)の事実につき)、同第五二、五三、七一号証(後記(ニ)の事実につき)、同第四六ないし五一号証(後記(ホ)の事実につき)によると、次のように被告は他人の権利を譲り受けて訴訟等によりその権利を実行していることが認められる。

(イ)  鹿児島地方裁判所昭和二九年(ヨ)第六五号不動産処分禁止等仮処分命令申請事件の係属中、昭和二九年五月二一日被告は右仮処分申請人の被保全権利である貸金債権と抵当権を譲り受けて自ら債権者として同年一一月二九日同裁判所に右抵当権により不動産競売の申立をなすとともに、右仮処分被申請人らを相手方として賃貸借契約解除等の訴を提起した。

(ロ)  鹿児島地方裁判所昭和二九年(ヌ)第三〇号不動産強制競売事件の係属中昭和二九年五月三一日被告は当該目的不動産を買い受けて強制競売による剰余金交付申請をなした。

(ハ)  鹿児島地方裁判所昭和二九年(ワ)第九二号所有権移転登記請求事件の係属中、被告は当該不動産を買い受けて昭和三〇年三月二二日当事者参加の申立をなし、更に同年一〇月三日右事件の被告より当該不動産を譲り受けた者を相手方として土地所有権移転登記の抹消を求めるため別訴を提起した。

(ニ)  被告は、昭和三二年二月二五日宅地を買い受け、同地に地上権を有する者を相手方として地上権設定登記の抹消登記手続請求等の訴(鹿児島地方裁判所昭和三二年(ワ)第六六号)を提起した。

(ホ)  被告は昭和三三年七月三〇日鹿児島地方裁判所昭和三〇年(ケ)第三七号不動産競売事件において目的不動産(宅地)を競落し、法定地上権を主張する同地上の建物所有者を相手方として仮処分命令申請をするとともに、昭和三四年二月三日建物収去土地明渡請求の訴を提起した。

成立に争のない甲第六三ないし六五号証によると、被告は有限会社久保商店の代表取締役であり、同会社の被告以外の役員は取締役に被告の妻と妻の母が、監査役に被告の長女が就任していることが認められ、実質的には被告の一人会社であると推認され、成立に争のない甲第四〇号証の一、二、同第四一、四二号証(後記(ヘ)の事実につき)、同第四三ないし四五号証(後記(ト)の事実につき)によると、次のように同会社は他人の権利を譲り受けて訴訟等によりその権利を実行していることが認められる。

(ヘ)  同会社は、昭和三五年三月一一日裁判上の和解によつて収去の目的となつている建物を買い受けて、土地賃貸人と示談の交渉をなした。

(ト)  同会社は、仮処分の目的となつている物件を譲り受けて登記手続を了したが、同会社を被告とする右登記の抹消登記手続請求事件において、右譲り受けた権利に基づき反訴を提起した。

成立に争のない甲第一七ないし三八号証、同第三九号証の一ないし五によると、被告は昭和二九年頃から昭和三二年頃までにかけて他人の民事事件に介入して指導等をしていることが認められる。

以上のような事実を綜合すると、被告は他人の権利を譲り受けて訴訟等の手段によつてその権利の実行をすることを業としていることが認められる。

(二)  証人川崎茂夫の証言(第一、二回)によると、被告は、原告及び原告の本件物件取得に援助を与えた訴外株式会社肥後相互銀行鹿児島支店に対し、被告が本件賃借権の譲渡を受けた日の前後にかけて、本件賃借権につき金銭的な示談を持ちかけてきたことが認められる。しかして前記認定事実と照らし合わせて考えると、被告は本件賃借権を前記認定の業務の一連の行為としてこれを譲り受けたものと認めるのが相当である。被告は養豚事業を行うため本件賃借権を譲り受けたと主張するが、右主張に沿う証人原留三巌の証言は信用できない。他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(三)  そうだとすると、被告の本件賃借権譲渡受行為が弁護士法第七三条の規定に違反することは明らかである。ところで右規定は、世上事件屋等と呼ばれる者が法律知識にうとい民衆の弱点に乗じて不当の利益を得ようとすることを防止し、もつて国民の健全な法生活感情を維持しようとする公益的規定であり、これに違反する行為は同法第七七条によつて処罰されるのであるから、右規定に違反する行為は無効であると解するのが相当である。従つて、被告の本件賃借権譲受行為すなわち訴外田原勉と被告間の本件賃借権譲渡契約は、無効であるといわなければならない。

五、そうだとすると本件賃借権譲渡契約を原因とする鹿児島地方法務局昭和三四年九月一二日受付第一五、八二八号の賃借権移転登記は、有効な登記原因を欠くことになるので、抹消されるべきである。

よつて、原告の請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宮本勝美 早井博昭 福島敏男)

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